池村明生/取締役 「すみだトリフォニーホール」「日本都市センター会館」「さいたま新都心」「霞城セントラル」のアートプロジェクトから、「霞ヶ関地区サイン整備計画」「ブルー&グリーンプロジェクト広報計画」「環境省新宿御苑100周年プロモーション計画」「JAPAN BRAND展示計画」などのデザインコンサルテーションを担当。現在、東 海大学教養学部芸術学科教授。
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記録よりも記憶に残る選手になりたい」と言い続けて球界を引退したのは、タレントとして活躍する新庄元選手である。確かにタレントにとって大切なのは、人の「記憶」に残るキャラクター性である。その意味でアーティストも、またアーティストが生み出す作品も、「記憶」が重要なのかも知れない。逆に「記録」はキャラクターであることより、アノニマス(無名性)に徹しなければならないからである。
ある日、横浜の埠頭の倉庫でおもしろい作品に出会った。いや、作品というよりも、主役を引き立てる背景として役割を終えた立体物である。主役の名前はゴジラ。立体物はゴジラの映画シーンで使われた渋谷の街を再現したジオラマパーツである。ジオラマパーツは、倉庫の中でランダムに並べられていたが、それぞれのパーツは見応え充分の芸術品に映った。
小さな住宅は一つひとつ丁寧につくられ、映画館や灯台、店舗兼住宅などは、朽ちた外観、荒れた外装など、時代を感じさせるに充分な出来栄えであった。また電柱は“ここまでつくるか”と思わせる細工が施され、その造形力には恐れ入る。よくぞ、ゴジラと怪獣との決戦の中で、壊されることなく無事に原型を留めてくれたと感激した次第である。
その中で最も興味を持った作品は、何年か前に渋谷駅前にあったプラネタリウムが併設された映画館ビル。人の背丈ほどある大きな模型は、映画館ビルと隣接していたと思われるサラ金ビルとセットで並べられていた。高校生の頃、わざわざ横浜から渋谷に出向いて、映画を見に来た自らの記憶が蘇る。そのビルは駅前開発ですでに取り壊され、今見ることはできないが、大きな看板が印象的であったそのビルの思い出が自らに生き続けていたことを確認し、同時に「記録」と「記憶」を併せもつ造形の力に感心させられた。
日本文化のひとつに“細工芸術”というカテゴリーが存在したが、江戸庶民の楽しみであった見世物小屋に登場した“生人形(いきにんぎょう)”をはじめ、海洋堂を中心とした“フィギュア”ブーム、さらに今回出会った映画セットを含め、「記録」と「記憶」を併せもつ表現テクニックは、勤勉な日本人に伝承された技なのだと思った。
【池村明生/取締役】