プラスアート
建築やまちづくりなどさまざまな場面でアーティストがかかわりつくりあげる「プラスアート」の世界。

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4.大学の顔をつくるVI&モニュメント 2006年07月21日 21:22

 全国の都道府県には、地域の誇りとなっている国立大学が存在する。
 “駅弁大学”と揶揄されながらも、それぞれの大学は地域固有の価値を創出する教育現場として、半世紀ものあいだ様々な知識人を輩出してきた。そして最近では、若年層の人口減少と国立大学の法人化を迎え、私立大学とのあいだで学生の獲得競争が繰り広げられている。

 国立大学法人埼玉大学も同じような状況である。
 教養、教育学部など5つの学部で構成される埼玉大学では、周辺地域および地方からの学生獲得を含め、大学のイメージアップに力を注がれ、大学の新しい顔となるビジュアル・アイデンティティ(VI)が求められた。

 VIの基本となるシンボルマークのデザインにあたっては、埼玉大学でデザイン教育を担当する教育学部の高須賀昌志助教授に任されることになる。さらに基本デザインをVIシステムにまとめる役割として、外部ブレーンを含めたプロジェクト体制が整備された。国立大学法人といえども役所のような組織であり、説明しやすい体制づくりが必要であった。

 高須賀助教授は彫刻作品を制作するアーティストである。また子どもたちが遊ぶ野外オブジェなどをデザインする造形作家でもある。
 プロジェクトでは教育者の立場を超え、デザイナーまたアーティストとしての才能が発揮され、シンボルマークとともにモニュメントも誕生した。大学構内のエントランスには高さ7.2mのモニュメントが、シンボルマークと関連づけながらつくられた。

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大学のエントランスにそびえるモニュメント(デザイン:高須賀昌志)


 モニュメントのテーマは、『地にのぞみ、知をまとう』。

 “さきたま”と呼ばれた埼玉の地のアイデンティティを掘り起こしながら、その地で学ぶ教員や学生たちの姿勢を表現したコンセプトである。モニュメントは同じ考え方によって策定されたシンボルマークとともに、これからの埼玉大学を支える関係者それぞれのスピリットに結びつくことが期待されている。
<池村明生/取締役>


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大学の新しいシンボルマーク(基本デザイン:高須賀昌志)


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VIシステム例(システムデザイン:バール/プロデュース:環境計画研究所)

プラスエッセンスの舞台裏 2006年07月13日 11:49

今回は、遡って「SHUEISHA Beauty House/MAQUIAサロン」で企画したオリジナル什器などの制作過程を紹介しようと思います。
今年の9月で2周年を迎えるこの空間は、雑誌「MAQUIA」(マキア)の創刊に合わせてOPENし、誌面に紹介されている化粧品を、実際に無料で試せる空間として読者のニーズに応えています。

OPEN当初から来場したコスメフリークの読者が、インターネット上の掲示板に投稿し話題になり、今では数多くの個人ブログなどでも紹介されています。ネット上で、「マキオ部屋」「薩摩芋テーブル」「涙型テーブル」と想像もしなかったユニークな表現を生み出した、サロン内のディティールをクローズアップしてみようと思います。

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OPENの1ヶ月前に、ドアノブ&足型の原型(木製)をチェック
(エントランスドアノブ型、サロン内テーブル足型)
以下、アーティスト豊嶋氏とのやりとり
Q(楠本):ちょっと、もったりとしているようにみえますが、鋳物になるともう少しスッキリフォルムに見えますよね?でも、安全面を考慮すると、シャープすぎちゃうのも危ないですものね。
A(豊嶋氏):アルミにすると印象だいぶ見え方が違うと思います。(鏡面仕上げですし・・・)

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アルミで鋳造したドアノブ&テーブル足完成品

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誌面で紹介されている商品が、手前の内照テーブルでディスプレイされ、テスターが並ぶ。ネット上では「涙型テーブル」と表現された。

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ネット上で「薩摩芋」と表現されたテスティングテーブル(照明/化粧備品収納/ダストBOX内臓)

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テスティングの際の一人前スペース。照明は化粧品の色身、顔色を自然光に近い状況で確認できるものを採用。(テーブルの中央には、化粧備品収納とダストボックス機能を内蔵させた)

「うっとり」をキーワードに、空間的役割の分類、仕上げのセレクト、運営面を考慮した化粧品のディスプレイ&テスター/テスティングテーブルの設計と課題は盛りだくさんでした。設計意匠をシエロの茂野さん、什器・ドアノブ制作をアトリエあいの豊嶋さんにそれぞれ依頼しました。

我々の仕事は、ディベロッパー、運営者(スタッフ/メイクアップアーティスト)、一般ユーザー(読者)それぞれのニーズをどう整理し構築していくかにありました。空間的ブランドをどう高められるのか試されている中、スレスレのところで、着地点が決まっていったように思います。

プラスアートという視点で考えると、どこかにエゴが偏ると機能しなくなるもので、視線を近づけたり遠ざけたりしながら、小さなディティールと全体のフォルムとのピントを合わせていくことが、世界観の企てとなるのではないでしょうか。

ありがちな表現ですが、美味しい料理には、エッセンスが粋に散りばめられていて、最初のひと口から食べている時間、食後の満足感へと導かれるように、空間にも、このプラスエッセンスを疎かにすると、豊かな時間や感覚(表現)は生まれないのだろうなあと思います。

ここでの紹介には限りがありますので、ご興味のあるかたは是非こちら
http://www.s-woman.net/maquia/beautyhouse/index.htmlから
予約して体感してみてください。
(楠本ゆり/ディレクター)

「すみだトリフォニーホール」の プラスアート   2006年07月10日 15:06

「すみだトリフォニーホール」は、平成9年10月に新日本フィルをフランチャイズに持つ、墨田区の芸術文化の拠点、地域文化の創造と活性化を目的とするホールとして誕生した施設です。

ここでは、建築、空間、インテリアデザイン、地域特性と違和感なく調和し、見る、触れる、感じることができるアートを目指しました。

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たとえば壁が大きなレリーフ、扉や把手、手摺が彫刻になっています。また演奏前の出演者にインスピレーションを与える壁画、作家とすみだマイスター(伝統工芸職人)とのコラボレーションの把手。グラフィックサインやカーペットもアートです。事業主、建築家、インテリアデザイナー、作家、すみだマイスター(伝統工芸職人)、施工者、新日本フィルといろいろな立場の人々が関わりあい、建築やインテリアとも一体化したアートです。
作家のアイデア抽出や製作段階では、建築家やインテリアデザイナーが空間についてのコンセプトを伝えました。施工管理者も一緒に材料の選定、現場空間での取り付け方や安全性、メンテナンスについてなどを確認します。「プラスアート」は、単体としての作品ではないので、関わりあいが多く調整する事項も増えてきます。作家のやりたい事は施工的に安全確保やメンテナンスができないとか、建築家と作家の意見がぶつかり合ったりすることもあります。そのたびに解決方法を探りながら一歩一歩進んでゆきます。その過程には得るものも多く、関係者一同お互いの立場や考え方を理解しあえるようになり素晴らしいプラスアートが誕生するのではないでしょうか。
<菊池さつき/ディレクター>

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3.仮囲いに映ったみんなのかたち 2006年07月07日 15:04

 この場所は、小学校の正門前に建設されたマンションの仮囲いである。
そしてこの仮囲いに、小学校に通う全校児童約500人のシルエットが、原寸大で転写されることになった。

 シルエットは7~8色のカッティングシートで切り取られ、同系色でまとめられながらレイアウトされた。直線で100m以上はある建設現場の仮囲いは、登下校時の子どもたちに話題を提供した。

 この「みんなのかたちプロジェクト」の指揮を執った景山健は、壁画の社会化に興味をもつアーティストである。マンション開発事業者からの“周辺対策としての壁画”といった要望をきっかけに、その前にあった小学校と掛け合い、子どもたちとのワークショップを通じて、一人ひとりが選んだ好きなポーズをシルエットとして重ねあわせた。

 14ヶ月間、子どもたちとコミュニケーションを交わした仮囲いはすでに消え、今は見ることはできない。代わりに美しいマンションが現われている。“仮囲いが取り壊された直後に、子どもたちはどう感じたのか?” アーティストとしてかかわった景山が、最も知りたがっていることである。<池村明生/取締役>

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     完成した「みんなのかたち」(プロデュース:スタジオS-ONE)

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                                      大きなカッティングシートの上で友達が型取る

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                                      自ら自分のかたちを切り抜く