パビリオンチャンネル
マンションパビリオンを特集した専門チャンネル。

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湾岸競争 2004年07月21日 10:14

2003年は湾岸競争の始まりです。WANGAN LIFE MUSEUMとワールド・シティー・タワーズ・パビリオンを担当しました。その規模はこれまでの大型物件をはるかに超えるものでした。続々と開発される湾岸のタワーマンションは地図で観ると横浜みなとみらいにまで続いています。戦後の高度成長時期にこぞっておこなわれた郊外ニュータウン建設を思い起こす勢いです。東京湾岸の埋立地がどんどんタワーマンションとなり、その風景はまるでマンハッタンや香港のようになるのでしょう。東京は1964年オリンピックで都市改造が大々的におこなわれ、いわゆる昔の東京は消えていきました。バブル崩壊後の経済復興と共に新たな東京形成の始まりでしょうか。その求心は皇居ではなくて羽田国際空港に移動している気がします。(宮崎)

※制作スタッフ(WANGAN LIFE MUSEUM)

・企画ディレクション:中嶋

・空間デザイン:中嶋(外観)、デザインサークル庄子(インテリア)

・コーディネート:村上

・グラフィック:小島デザイン

・設計サポート:OPM設計工房/吉海

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※制作スタッフ(ワールド・シティー・タワーズ・パビリオン)

・企画ディレクション:小島

・空間デザイン:小島

・コーディネート:太田、井出、古田

・グラフィック:小川、佐藤、デルソル サクマ

・現場監理:川又

超高級物件の年 2004年07月20日 10:23

2002年は振り返ると超高級物件の年でした。青山ザ・タワー、ザ・ハウス南麻布など全戸億ションといわれるような高級物件が目立ちました。大量集客型の一方向導線ではなく、時間予約された個々のお客様に対応した機能やハイレベルなライフスタイルに応じたサービス環境が要求されました。青山ザ・タワーではファッショナブルな港区青山を意識したモード系のデザインを施しました。一方ザ・ハウス南麻布では重厚な品のよさが求められ、お客様の視線を意識した演出や照明計画に気を使いました。(宮崎)

青山ザ・タワー写真

※制作スタッフ(青山ザ・タワー)

・企画ディレクション:中嶋

・空間デザイン:オリジナルデザイン/岡村

・コーディネート:三谷

・グラフィック:アダムシナプス/石田

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ザ・ハウス南麻布写真

※制作スタッフ(ザ・ハウス南麻布)

・企画ディレクション:松井

・空間デザイン:ケイ・ダッシュ/金澤

・コーディネート:菅原

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郊外における大型開発 2004年07月13日 11:20

2001年になると、販売センターの重要性が理解されるようになり、業界全般のレベルが高くなったように思えました。都心のタワーマンションだけでなく、郊外の大型開発においても質の高いデザインの販売センターが目に付くようになりました。弊社でもグランジオ武蔵野や神戸のレジデンス住吉などの郊外型を多数手がけました。

グランジオ武蔵野写真

※制作スタッフ(グランジオ武蔵野)

  ・企画デザイン:小島

  ・ディレクション:中嶋

  ・展示グラフィック:アンデザイン/太田

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※制作スタッフ(レジデンス)

  ・企画デザイン:中嶋

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複数物件の継続的展開 2004年07月12日 17:53

都心部のタワーマンションが人気となり、タワーに住むことがステイタスとして受け入れられ、その眺望は販売プロモーションの大事な訴求ポイントとなりました。2000年には横浜のみなとみらいを見渡すすばらしい眺望を持った「ヨコハマ・タワーズ」が注目の大型物件として登場しました。我々が注目せずにはいられなかったのは複数物件を継続的に展開する「ヨコハマ・ベイサイド・ギャラリー」の計画でした。プレハブ仮設建築の限界を痛感していた我々にとっては願ったり適ったりの物件でした。ヨコハマ・タワーズからMMタワーズとタワー大型物件販売の担ってきたヨコハマ・ベイサイド・ギャラリーはまだまだ現役で頑張っています。(宮崎)

ヨコハマ・タワーズ ギャラリー写真

※制作スタッフ

  ・企画デザイン:小島

  ・ディレクション:中嶋

  ・展示グラフィック:ビークル+/吉田、岩崎、溝上

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高級タワーマンション・パビリオン 2004年07月12日 15:20

1999年は不動産業界の大イベントとして前代未聞の大型高級案件「東京・ツインパークス」のパビリオンを手がけることになりました。この壮大で華やかなプロジェクトは、その後の高級タワー物件パビリオンのスタイルを決定づけるものとなりました。マスコミへの露出度も高く、パビリオンのエントランスや模型展示ルームが何度もテレビニュースで放映されました。億ションの豪華さがお茶の間の話題となり、都心のタワーマンションへの認知が一挙に高まりました。また、この頃から「販売センター」が「パビリオン」とか「ギャラリー」と呼ばれるようになりました。(宮崎)

東京・ツインパークス、パビリオン写真

※制作スタッフ

  ・企画デザイン:小島

  ・展示ディレクション:中嶋

  ・展示グラフィック:小川

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販売センター建築計画も担当 2004年07月05日 13:30

販売センターのABCを理解しはじめた時期に、プレハブ仮設建築をハンドリングするチャンスがやって来ました。「豊洲キャナルワーフ」では建築設計から始め、展示の装飾までトータルで担当させていただきました。プレハブ仮設建築のノウハウを蓄積すると同時に、その後の建築から展示までの一貫対応スタイルが出来上がりました。建築計画を担当することにより展示導線を強化し、起承転結の展示計画もより優れた戦略的なものにすることができました。パソコンでの3面マルチ映像も初めての試みでした。(宮崎)

※制作スタッフ

・全体企画:友田

・建築デザイン:海岸/林

・展示ディレクション:阿部

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販売センター第一号物件 2004年07月02日 11:13

EPLの記録をみると、記念すべき販売センター第一号物件は1997年の「幕張セントラルパーク」でした。新宿パークタワーのOZONEでの企画展など住宅関連展示を推進していたことが、マンション販売プロモーションに関わるきっかけをつくってくれました。建築や住宅を理解する便利なプロダクションとして認知され、気がつくとデベロッパーや広告代理店、販売会社とともに不動産販売プロモーション業界のメンバーとなっていました。当時は広告プロモーションのことが分からず、広告代理店やデベロッパー担当者にいろいろと教えを請いました。ほんとうに感謝しております。(宮崎)
※制作スタッフ
・全体企画:友田
・内装デザイン:デザインサークル/庄子
・展示ディレクション:中嶋
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