コラムチャンネル
みんなのコラムチャンネル。カンケンのイベントニュースや村井徹監査役のコラムなどをお伝えします。

« Main

時事問題(27)公官庁の評価基準は効率性か 2010年06月10日 08:45

hito_b.jpg


―市場原理主義がもたらす弊害―

2007年度末の公務員総数は400万人弱で、内訳は国家公務員数約92万人で、中央官庁・出先機関に所属、地方公務員数は約300万人が都道府県庁・市町村役場に所属しています。
キャリア・ノンキャリア、そして地方公務員を問わず、公務員全体に対するマスコミ批判が強くなっています。2007年-08年、年金問題で叩かれていた社会保険庁はその典型例でした。公務員バッシングの背景には、①度重なる不祥事、②少子高齢化、③財政赤字の累計、④労働者給与の減少、⑤市場主義の影響などです。
明治以来、日本は中央政府が国家計画を考え、それを全国一律に浸透させる体制でした。従って、地方自治体は中央官庁の計画を忠実に実行する機関でした。“機関委任事務”とは都道府県知事などが国の出先機関であり、国の定めた事務を処理、知事は選挙で選ばれた代表である一方、国の出先としての役割を求められました。今や中央集権から地方分権へと舵を切って、地方自治体の事務の裁量は増えつつあります。また、財政や組織運営面での自治体裁量権も増えています。しかし自治体にとって、地域に格差が生じ所属する自治体により賃金面の処遇が違っています。すなわち税収、物価、地元企業の給与水準が配慮されます。
近年、地方公務員の多様化に非正規の存在があります。市町村役場の窓口で対応する人にアルバイトの人が多くなっています。アングロサクソン諸国でも小さな政府を目指し、派遣や契約職員などが多くなり、日本でも非正規公務員が20%を超えています。
元来、公益という社会全体の利益を追求する役所と、個人の利益を追求する民間企業では、異なる原理で運営されると考えられていました。しかし1980年代半ば以降、アングロサクソン諸国では、新公共経営(NPM)と呼ばれる民間企業の経営手法を役所にも導入し、仕事の効率化、成果の改善を図る考え方が出現し、日本でもこの考えが主流になっています。民間企業は儲かる事業を行うのに対して、役所は民間企業がやらず利益のでない事業を供給してきました。従って民間企業は効率性、利益を基盤に組織運営するのに対し、役所は平等性、公共性を理念に組織運営してきました。各国は福祉国家政策を採る限り、財政支出を削れず財政赤字が生じ、日本は最大の財政赤字国です。この新公共経営には①市場メカニズムの活用、②顧客主義、③業績評価による組織運営があります。
役所、公務員は、上述のとおり効率性だけではなく、有効性、平等性、安全性、満足度などの価値基準によって仕事を営みます。これらの基準は対立したり、ぶつかりあって、利益追求が最優先の民間企業と異なります。
これまで公務員が行なってきた仕事を民間に移管すると“コスト低下”“サービス向上”と言われますが、コスト削減の裏では非正規雇用者を採用し人件費を押えたり、サービスの質を低下させたりするケースもあります。
民間企業は料金を多様化すれば、サービスの質を変えられるものの、公務員は国民全体のサービスについて民間企業のように多様な価格設定はできません。また民間企業は売上・利益の関係で賃金を支払いますが、公務員の世界には売上・利益もなく、市場での競争もありません。公務員の労働条件を扱う専門機関である人事院は、民間企業の賃金を調査して、民間企業と釣り合うよう賃金を決定しています。地方公務員もそれに準じて、どこの自治体に勤務しても同額が支給され、身分保障が大前提になっています。
国家公務員(霞ヶ関)である官僚に対する世間からの厳しい指摘は、①省・局の利益優先、②政治への従属、③知的業務の減少などです。
今の日本では、金儲けができるかどうかで人の価値を測る空気が支配的です。すなわち、社会で成功している人を敬う風潮が強くなっています。営業利益や株価などといった数値化できない公務員は、大衆民主主義から敬意が薄らいでいます。しかし官僚機構の仕事には、法案の作成、利害調整、膨大な資料調査・作成、会議運営や政策執行など国家にとって重要な機能を担っています。

次に格差社会が及ぼす公務員への影響について言及します。中間層が大多数を占めていた曽っての日本社会では、受益と負担を巡って軋轢がなかったものの、貧困層が増えれば軋轢が生じてきます。税金を納めない貧困層は市役所の特別サービスを受け頻繁に利用します。市場では富裕層向けの上質なサービスが出回り、金で買えるモノ・サービスが増えました。この考えが強くなると、“役所はサービス業”という偏見が増えてサービスの質に対する要求が複雑化します。ザ・リッツカールトン東京のホテルは、一泊十数万円で極上のサービスです。しかし役所のサービスは無料もしくは低廉です。受益と負担を巡って行政サービスの根幹が揺らいでいます。自分の税負担と自分が受けている恩恵の因果関係が実感できないために、“もっともっと”にエスカレートする懸念があります。
格差社会の到来で中間層が激減すると、富裕層や貧困層への対応にシフトすることになり、行政サービスは全体的に低下します。特に貧困層のための生活保護などの社会福祉を中心とした行政サービスには、手間がかかり行政コスト増です。自治体にとって、どのような対応をしても、マスコミからの批判は避けられません。高齢率化の高い地域は地方であり、過疎化が進行しています。貧困、高齢化が絡むと、歳出が増えて税収が減ります。高齢者が必要とする医療、福祉、交通手段の確保など市場原理では調達不可です。
20世紀までのわが国の政策軸は、安全保障でしたが、経済成長の鈍化と高齢・少子化が進行すると共に、戦後以来はじめて内政問題である受益と負担のあり方が国論になる可能性があります。もはや公務員論や行政手法をはるかに超えて、政治のあり方、力量が国民の期待に応えられるかが問われる時代に突入します。
冒頭に紹介した公務員数が多いか少ないかの判断は、“受益と負担のあり方”との相関で考慮するのが穏当ではなでしょうか。

村井 徹