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ものの見方・考え方(13)金融危機にみるプロの落とし穴 2009年07月21日 09:00

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ー専門性は必ずしもすぐれた判断をもたらさないー

人間のもつ欲望は生存に欠かせない要件です。しかし個人のお金、企業の利益、国家の国益といった事柄を語るとき、欲望を実現するお金は流通しているのが前提です。人間とはこの欲望(欲得)によって、駆り立てられると同時に、その欲望を制御するーこのバランスを欠いていたとき、人間は傲慢な存在となり、その歪みが社会の秩序を維持・存続できなくなるところまで突進します。
2008年、サブプライムローン破綻後の米国は投資銀行上位5社が廃業に追い込まれ、株価は暴落、ドルは下落しています。2007年に米国の住宅ローン会社の破綻、英国でも大手住宅金融銀行で取り付け騒ぎが発生し、この時点で多くの経済学者、評論家、メディアはレバレッジ金融システムがまもなく破綻し、世界経済が混乱する予見はできませんでした。日本は金融技術が未熟であり、規制撤廃、民営化への施策が未だ不十分であるといった論調が当時ですら主流を占めていました。

2002年、人口学者であるE・トッドの著作『帝国以後』の中に「世界が民主主義を発見し、政治的には米国無しでやっていくすべを学びつつあるまさにその時、米国はその民主主義的性格を失おうとしており、己が経済的に世界なしにやっていけないことを発見しつつある」と記しています。彼が米国の凋落を予見できたのは、経済情勢の分析ではなく、むしろ経済に関しては非専門家であり、世界の人口動態や識字率の変化といった統計を読み、来るべき世界の流れを識見できたということです。
経済指標や株価動向を検討しても、明日の経済動向にあたりをつけられても、現下の経済システムそのものの考察を、その内部のデータ分析から予見できません。このことは政治システムでも同様です。
2007年4月に発表した日銀の「経済・物価情勢の展望」は“2008年も生産・所得・支出の好循環メカニズムが維持され、息の長い拡大を続ける”と予見しました。その理由として海外経済の拡大が続くことを背景に、輸出は増加を続け、米国経済は住宅市場の調整が続いていることなどから減速しているが、先行きは安定成長へ軟着陸する可能性が高いとしました。
前述のように、とりわけ経済に係るプロ・専門家が見誤る事由は、時の経済の枠組みがつくった言葉で考え、その枠組みの価値観で判断しているからです。プロはアマチュアが知らない事情に通じていたり、現物や1次資料(情報)に長けているという経験の蓄積があり、事実を説明するには有効であるものの、現状判断や近未来に対する推論について、アマチュアより卓越しているとは言えません。専門性と判断力とはそもそも無関係です。
レバレッジとかデリバティブといった金融専門用語は、それらの用語がつくり上げた経済の枠組み外では何の意味も与えない専門用語です。どんな分野の専門家でも不確定要素の多い将来について完璧な予見はかなわず、さらに統計学的な情報が有効に働くのは、統計学的な条件の内側だけで、その外側では統計学的情報を使用すればするほど期待値とかけ離れた結果を生み出します。統計数字の落とし穴は予め結論がでている事象を説明するために、その説明を補強しうるデータとして使われることです。過去データは確かに有効な指標ですが、トレンドから外れるデータがあっても無意識に見落としてしまうのは、“こうなってほしい”というプロ分析家の願望です。私たちは自分自身で思考しているつもりでも、殆どの場合、現実のモデルを見せつけられて、プロが分析したモデルに則って考えていることが多いものも事実です。

最後に、「経済成長」について言及します。
経済成長とは実質国民総生産の増加を意味しますが、“経済成長しなければならない”という呪縛があります。飽食した市場にさらなる商品・サービスを投入し続け、その結果として過剰消費・過剰摂取をもたらします。経済成長そのものは、社会発展プロセスの1つの様相であり、経済均衡も社会発展の一つの様相です。その段階で強引に経済成長をつくり出さなければならないという呪縛から逃れられないのも1つの病です。一方、グローバリズムは米国ないしその従属する国々が世界の富を収奪し、貧富を固定化するための国家戦略であり、グローバル化とは似て非なるものです。現下のグローバリズムは、市場開放という大義とは別に、市場を固定化し分業化し富める者を強化し、貧者を固定化する差別化です。社会基盤の弱い国に強者と同じルールを適用すれば、強者の草刈場になります。グローバル化こそが異質であっても等価である社会が互いに交わり、それぞれのやり方で発展していくことであり、世界の均一化でしょう。経済を持続的に成長させる前提で社会が設計されるのは妄信です。経済が成長するか鈍化するかは、社会の諸要因が生みだす結果です。
一括すれば、成長とはそれ自体ひとつの不安定さであり、人はより成長へと過剰な欲望に悩まされます。言い換えれば、欲望に従って自由に振る舞っていても、その実、欲望に支配されて自由な振る舞いができなくなる。今回の米国が覇権国家として世界中の富を集中させ、その結果、金融破綻に至りました。正に時代のパラダイムの転換期に立ち合った混乱と言えます。(完)

村井 徹

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