村井徹/監査役 セイコー株式会社を退職後、経営コンサルタントに携わり、現在、当社の監査役等を務める。
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−戦後から今日までの変遷−
昭和21年、小説の神様といわれた志賀直哉が“日本語は不完全かつ不便で、文化国家になるため日本語を捨てるべきだ”と言いました。また憲政の神様といわれた尾崎行雄も24年“日本語を廃止して英語を国語にしなければ民主国家にならない”と発言しました。 当時、GHQは教育使節団を米国に要請し、教育制度改革と同時に日本語もそのものの、特に表記法について勧告しました。その内訳は(1)漢字制限する(2)仮名表記する(3)ローマ字表記する−これら3つの内、いずれかを選択することでした。日本の選択は、漢字制限による漢字仮名まじり文の表記方法に決定したという経緯があります。 昭和21年、当用漢字は1,850字に制限され、現代仮名づかいが告知され、23年に教育漢字881字が追加されて教科書漢字が計1,360字。それ以降では57年に常用漢字表1,945字が定められました。その後は規制緩和とともに修辞学や美学上、漢字が追加されて、むしろ仮名表記から漢字主義が主流になりました。 新たな問題は60年代からの日本語ワープロ・ソフトの登場でした。漢字は“書くもの”ではなく、キーボード操作により漢字変換で“でてくるもの”になったことです。そのためにどうしてこの語を漢字変換するかという基本認識が欠如しました。 機械的処理によるこの表記は工業規格であり、文部省や文化庁を離れて経済産業省(当時は通商産業省)の所轄です。この情報処理で使用する漢字は第一・二水準の漢字6,400字でしたが、それ以降27,484字に拡張されました。因に中型の漢和辞典ですら10,000字前後、新聞・雑誌の使用量は4,000字程度で、高校までに取得する漢字は2,000字で当に異常です。これらのことは、日本語という言語がどういうものなのか、正規の日本語はどこにあるのかといった議論が失せて、正書法(例えば“損なう”が“損う”のどちらか)もあやふやになりました。文字のある文化には必ず正書法があります。 今や日本語は自分の名前すら、漢字、ローマ字、平仮名、片仮名で表記できて、これは個人の習慣と趣好になっています。 各官庁で審議会や懇談会で提言されるものの、今後日本語をどうするかについての全体指針はありません。
言葉とは料理や服飾のように文化的所産で、文字は言葉を写す鏡です。言葉が文化であることは、伝達段階から思考を活発にし、それに相応しいものとして変化していきます。 近代の言語学は、言葉の歴史を系統的に跡づけることにより、現在の姿にどう至ったかを明らかにしました。 日本人は言葉の意味を曖昧にしがちです。社交、文芸の世界では都合のよいこともありますが、政治、経済、科学技術といった世界では通りません。言語の使い方には2通りあり、1つは規定的、もう1つは呪術的な意です。例えば“守旧派”“普通の国”“地球にやさしい”がありますが、誰もがそう言っているだけで意味不明です。 明治時代に外来語を導入したとき、翻訳主義で漢字を当てて定義づけに苦闘していました。自由、平和、人権、人類愛などがその例です。戦後は仮名表現で定義もせず、そのまま映画タイトルのように使用する有様です。
英語を喋れるということは、単にコミュニケートするだけでは不十分です。日本人は“一応”“どうも”“その節”といった曖昧な言葉に使い慣れています。国際の場では論理的思考で表現する能力が問われ、日本語を英語に直訳しても、それは無理です。思考は言語に 拠るしかなく、文化はその母語から生み出されて再生産されます。 現代の若者が言葉を失っているのは、言語教育のあり方や新聞・雑誌による文字との語いの不統一さからくる破壊が負の方向に効いており、敬語や慣用句の誤使用などを浮彫りにしています。 米国や英国の語学教授から聞いた話では、日本人の語学研修生が日本語を勉強してこなかったために、何時までもあやふやな英語しかできないそうです。日本語学習こそが基礎です。 国語教育の根幹は、子どもが自我に基づいて独自の意見をもっているか、その意見を屁理屈ではなく、論理的に展開しているかです。これがあってこそ、個性を伸ばす教育が可能になります。英語を話すのが苦手なのは、英語力がないためではなく、話す中身がないからです。小学生に英語を教えることよりも、日本語で語る中身の充実を図ることが先決ではないでしょうか。
村井 徹