村井徹/監査役 セイコー株式会社を退職後、経営コンサルタントに携わり、現在、当社の監査役等を務める。
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社会に広がる不安ー不安と安心の迫間で−
前回は個人に取巻く不安と恐怖がテーマでしたが、今回は社会に広がる不安についてです。 2006年、日経による新成人の意識調査によると、多くの若者は治安や環境の悪化、人間関係の希薄さなどの社会問題に危惧すると同時に、少子高齢化に伴う若者への負担増といった不安要因を挙げました。 また同年、朝日新聞による国民意識調査では、仕事に生きがいを感じる人は50代以下で年代が上がるほど増える傾向にありました。このことは経済的な満足が生きがいを感じる大きな要素だからです。しかし若年層では葛藤があり、20代で32%、30代で31%が仕事に満足していません。従って転職容認は20代で71%、30代で78%と高数値でした。驚くべきことは20代で“働きたくない”が40%を占め、働くことに希望が持てず特定の趣味にのめり込み、物品収集などに熱中するオタクが29%で1人過す時間を重視していました。 競争社会が激しくなると、勝ち組も負け組みに転じる不安があります。格差が広がれば広がるほど勝ち組にも大きなストレスがかかります。
私たちが生きる現代社会は、不安が充満しています。不安の多くは実際に経験したことではなく、予想や想像の域です。社会を取り巻く種々の情報に刺激されて、反応する不安です。とりわけ将来不安が募ると、その対応の仕方には(1)不安そのものをなくすために様々な努力をすること(2)将来のことを考えることを放棄して不安から一時的あるいは半永久的に逃避することしかありません。 日本人は将来の不安に対して(2)を採ることが多く、直視しないで漠然として掴みどころがないようです。私たちも、企業も、国も少し先のことを考えて、今何をすべきかという発想が疎遠になり、日本人の体質になりつつある感がします。このことが様々な問題を先送りする事由で自分さえよければよいという考え方にもなり、社会全体の安心を奪っています。私たちは生活に係わる安心が失われると、人は漠とした不安という情緒にさい悩まされます。情緒が先行すれば、思考停止になりいわゆる直感が突出します。この闊歩する直感は、将棋・四冠の羽生善治著『決断力』の中に“直感の7割は正しい”と記述しています。しかし彼の直感は読みという論理的思考を経たうえで、長年の経験と蓄積から出てくるものであり、頭の中に上等な網目があり、最上の手を取り出す術があるからです。つまり“この手はいける”“この手はない”という直感(イメージ)に優れているからこそ、確固たる信念をもち得るからです。
経済的思考法からみれば、不安の時代には直視ではなく、冷静に先を見据えて合理的な決定を下すことが何よりも必要です。私たちは不安に直面すると、今だけのことを考えがちですが、これは本能的な行動様式であり、不安解消に至りません。本当の解消策は将来を見据えて、現在の行動を意識的に決めてやるしかないようです。東大の畑村洋太郎著『失敗学のすすめ』によれば、“人間は必ずミスをする”を前提に過去の事故体験を傍観者ではなく、当事者として経験知を学ぶ仕方を提起しています。私たちはリスクの大きい単純な直感的対応から脱するために、過去からも学ぶ必要があり歴史学や人物論が存在する所以です。 次に“マニュアル”についてですが、昨今マニュアルばやりで、ありとあらゆるマニュアル本やハウツウ本が、企業でも書店でも完備しています。この傾向はある意味で不安の裏返しです。それはマニュアルとおりにやれば、正解を得る確率が比較的高いというだけであって失敗する可能性もあります。むしろ成功率を高めるよりも失敗を少なくする考えです。従ってマニュアルだけに頼っていると、そのとおりに運ばなかったとき、どうしたらいいのかと不安に襲われます。マニュアルは時とともに経験知により改訂することが必要であり、マニュアルは基本編と捉えて自分なりの応用、創意工夫が必要です。 また人材育成でも、全てマニュアルに依拠するだけではなく、人間がもつ柔軟な思考力や未知のことに対する感受力が評価される個別性の価値があります。所詮、知的活動は自分と異質なものに馴れ親しみ受容する“異質馴化”と日頃慣れ親しんでいるものを初めて見るような積りで受容する“馴質異化”の両面性があります。
不安について五木寛之著『不安の力』があります。彼は“時代にとり残される不安”“本当の自分が見つからない不安”“頼れるものがない不安”といった事項に区分しながら、不安は希望であり、人を支えていく大事な力と考え、若人に温かい励ましの言葉を贈っています。
村井 徹