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ものの見方・考え方(6) 2008年12月19日 09:00

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ー全体最適と現場主義ー

部分最適とは、ものごとをある部分の有利不利だけで判断し、自分あるいは企業にとって都合の良いように行動することを言います。一方、全体最適は、何ごとでも全体の状況を知り、その全体が良くなるように自分あるいは企業が行動することを言います。

現代社会では環境汚染、交通公害、廃棄物処理や洪水のような輸出など全体を考えていない行為の集積の結果が部分最適による諸問題です。“皆がやるのだから、自分も”という全体最適を回避して、大勢順応しているためです。企業の場合でも、全体最適を自分の行動原理にすることが大切であるものの、周りに違和感を起こしたり抵抗にあうこともあります。しかし全体最適の行動は合理性があるために立証が可能で、その積み重ねが企業発展の原動力になります。
仕事をこなすプロセスの中で、1つひとつの部分を掘り下げることも大切ですが、この方法は全体を忘れて部分を掘り下げること自体が目的化する恐れがあります。常に全体を見つめ、意識をして全体を考える人は伸びます。
部下に指示する場合のリーダーは、部分だけではなく全体を意識する仕事術が大切です。要は顧客の立場、リーダーの場合全体の立場で考えることが成長のスピードを加速する術です。更に進めれば、“できない”ではなく“どうしたらできるか”を考える対案が自分の能力を鍛える極意です。
次に全体最適の立場で働くとはどういうことかに移りますが、社員1人ひとりが担当している仕事に最善を尽くすため、自分の地位よりもう一段階の上から、ものを考える習性をつけることから始めます。つまり次元がもう1つ高いところから見ると、何を問題と考え、関係者にこうして欲しいと思っているかを自分で考え自主的にやることです。
強調したいことは、自分の上司が問題意識があるなしに拘わらず、会社のために今自分が大切と思う事を自分の発意でやることです。大体、私たちはあることを始めると、それに夢中になり、自分がやっていることだけに関心がつのり、周りはよく見えなくなりがちです。そのときに、自分1人で考えずに、周りの人に意見を求めたり、直接にその仕事に関係のない人に聞いたりして検討することも必要です。
一段階上の立場で自分のすべきことを知るためには、会議での全体情報や伝達事項を注意して聞くことが大切です。人によっては形式的に何となく聞き流しがちですが、会社か組織体として“全体がどのような方向に動いているか”“それは何故か”“会社としての考えはどうなっているのか”といった事項を組織人として動くために大事です。上からの情報を知るには、個々の事柄も大切ですが、もっと大切なのは“何故そうするか”ということです。ものごとの背景や理由を理解し、自分の行動を全体最適にする要旨があります。このことより“それなら自分として新しくなすことは何か”に発展し、自主性が芽ばえます。

現場主義に言及すると、私たちがものごとを判断するとき、先ず事実を確かめることが最優先です。中国では「実事求是」というように古今東西を問わず共通原則です。仕事にはこうなっているはずたという推測は禁物で、現場を見聞するのが一番確実な方法です。自分の先入観で状況を見もせず“こうだろう”という考えが先にあると、事実が見えなくなる恐れがあります。前回のコラムで指摘したように、事実を直視することは実際予想以上に難しいことです。曇りの無い目で現実を直視し、事実を確かめ、そこからどうするかを考え始める習慣を身につけ、簡単に直感に頼れるのは達人以外の人では危険です。
よく皆がそう言っているからといっても、必ずしも真の原因とは限らず、単純で誰にもわかり易い決め手を現場の事実から捉えていくことを改めて日々認識しておきたいものです。
上述の直感ですが、勘または経験知に基づく概念です。すなわち合理的な思考で結論を導くことが難しい場合、直感的に総合判断する事を言います。統括して全体をまとめて実践にむけての判断です。

村井 徹

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時事問題(18)知識社会の働き方 2008年12月10日 09:00

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ーホワイトカラーからゴールドカラーへー

21世紀は知識社会と言われ、ITがもたらした情報化の波は、20世紀の工業社会を確実に変えていく過渡期にあります。従って前世紀に活躍の場があったホワイトカラーの働き方にも、大きな変化が迫っています。
ホワイトカラーとは、業務の裁量性が高く、労働時間と成果の関係が必ずしも比例しない職種です。2007年、ホワイトカラーエグゼンプションの法制化が話題になり、米国と同様にホワイトカラー労働時間規制の適用除外、すなわち労働時間規制を適用除外する制度です。その対象には職種や賃金水準などを考慮するものでした。
また、グローバリゼーションは、モノ・ヒト・カネが国家という垣根を超えて、世界を自由に移動できる状況を指します。企業は安価に製品をつくるために、人件費の安いコストで生産しようとします。このグローバル化は先進国で働く雇用機会を奪い、賃金の安い新興国で働く雇用機会を与えます。今や雇用環境は定型業務のアウトソーシング化と相まって、日本のホワイトカラーの雇用、所得環境を不安化しています。ホワイトカラーという言葉は、明治から大正時代にかけて、1910年頃に意識され、工場の労働者をブルーカラーと呼称しました。通常の事務処理がコンピュータに置き換えられて、正社員は契約社員、派遣社員やパートに取って代わっているのが現状です。

知識社会の中核をなす知識労働者の概念は、1915年に経営学の始祖であった経営学者ドラッカー『新しい社会と新しい経営』に初めて登場しました。その概念は知的な技量などの知識をもつ人をいい、1957年『変貌する産業社会』でマネジメントに携わる人を知識労働者と規定。さらに1985年、米国の経営学者ケリーが情報を知識に換え、知識を利益に換えられる知識労働者をゴールドカラーと提唱しました。今日では知識労働者は、弁護士、医者、研究者など指定分野の専門家や経営者などのマネジメント層や企画・開発・営業に携わるナレツジワーカーを含める総称です。営業に携わる場合でも、経験を積みながら新しい知識を得て、種々な接客ノウハウやナレツジを身につけ、顧客獲得や人脈を広げていく専門性をもつ人です。営業員は商品・サービスではなく、自分を売り込むと言われるように顧客と強い信頼関係を築くために、(1)猛烈さを発揮する狩猟型、(2)じっくりと相手の懐に飛び込む農耕型があります。
今の社会は競争社会です。格差社会、勝者優遇などが連想され、脱力感漂う言葉です。世の中の仕事にはその働き方によってプロかアマしかありません。プロとは何を目指して働くかのこだわりがあり、自立して成長します。自分を律し第三者の目線によって評価されます。
ビジネスが複雑化し、求められるスキルレベルがより高度化し、プロの仕事が増えています。プロは高度な知識と技術によって依頼事項を適える職能です。その基本姿勢には、仕事とは結果がすべてであり、問題解決の指向にあります。またその行動特性は(1)行動的—タフさ、能動など—(2)意欲的—達成感、執着心など—(3)論理的—体系的、選択肢など—です。
20代は幅広い専門能力を蓄積する時期、30、40代はそれらを発揮して活躍する時期です。
組織人は組織という軸で受動的にキャリアを形成しますが、組織にとらわれない仕事人は自身の仕事の軸でキャリアを形成します。両者いずれにしろ、その主体は個々の意志や判断にあり、自発性が必要です。1つの業界や業種で1つの仕事を極めてプロになる能力をもつ人は、仮に他の業界に移っても、仕事のやり方を大きく間違えることは少ないようです。何故ならば、プロの普遍的な能力である性格、人柄、使命感や行動特性が勝れているからです。
前述のように、プロの仕事が高度化するに伴い、仕事の難易度、経験やもたらす経済価値によって収入に差をもたらします。すなわちゴールドカラーの仕事は、生み出す知識価値による収入です。曽つての大学研究者の仕事のように、研究にどんなに多く時間をかけても、学問的に意義がなければ、その価値は意味がありません。一方工場の生産ラインは正規雇用の社員ではなく、派遣、請負いや季節工に置き換えうる時間価値労働です。

最後に工業社会で発展した“管理型マネジャー”は今後“知識型マネジャー”に置き換わり、その望ましいタイプを3つ列挙します。
(1)従来の監督、管理ではなく、育成、支援を重視するタイプ
(2)時間管理ではなく、時間効率(優先順位を含めて)を重視するタイプ
(3)部下の機能、役割より、能力、個性を重視するタイプ
人は自分を取り巻く状況を先ずは受入れて、次に自分の力で変えられることに勇気をもって挑戦します。行動は必ず結果をもたらし、次の1手も見えてきます。人の行動、成果はすべて自分の信念で決まります。
人は夢や目標などを放棄すれば老い、歳月は肌に皺をつくりますが、情熱を失えば魂に皺をつくります。

村井 徹

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