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ものの見方・考え方(2) 2008年08月20日 09:00

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ー論理的思考と全体思考法ー

論理的思考とは論理的に考えるための方法論です。ある課題に対して“なぜだろう”という疑問をもって因果関係に着目して、仮説を立てて因数分解により検証します。
この考えはデカルトやニュートンの「要素還元法」という自然科学の分析法を基本にしています。つまり世界を精神と物質に分け、物質を対象にします。しかし人間の集まりである社会や企業の場合、全体で1つのことを成し遂げていると前提にして問題が生じれば、全体を部分に分け問題の原因を特定し対策します。社会科学でもわが国では、大正末期に上野博士により科学的合理主義が紹介されました。経営学は経済学の1分派として、経営学系ビジネス・スキルはこの考えを基本にしています。しかし、経営上の課題解決は人間の精神や感情といった要素を遮断してしまうために、人間の思考や行動に対する配慮が欠けます。すなわち人間は論理的思考だけでは行動しません。また第三者が頭で理解できても心が理解できない可能性もあります。従ってその対局として“全体思考法”が台頭しました。この思考法は物質、論理、経済合理性といった価値観だけではなく、精神、感情、人間性といった心を中心にした価値観です。この方法は全体を全体のまま観察し、“直感”で判断します。確かに論理的思考よりも現実的で回答が得られ、第三者の心に訴えられるような回答が導き出せるかに見えます。しかし定型化しにくく、思考プロセスを伝播する術もなく、そもそも属人的でこの手法を駆使できる人は僅少で達人に類するかも知れません。

前述の論理と感情を併用したらどうかという考え方があります。物質と精神の二元論をもって矛盾する両者を併せ呑む考えです。それは論理と感情の両方から各々の結論を出し、各々の軸足で検証します。この場合に留意点は“足して2で割る”という妥協の解決策は中途半端で愚の骨頂です。単に平面的に考えるのではなく、道筋を立てて将来に向けての時間軸で相矛盾する論点を併せ呑み矛盾を乗り越えることです。
企業では同じ目的・目標を共有する人びとが、ある目標を達成するために互いに納得できる解決策を探ります。この納得とは、妥協でなく妥当です。
振り返れば、1980年代のバブル経済の中で、企業は終身雇用や家族的経営がもてはやされました。金よりも心がありました。95年以降、グローバル・スタンダードの考え方が米国から導入され、心よりも金を優先する価値観や経営観が押し寄せました。金と心の問題にしても両方を併せ呑むことが上述の思考法にも通じます。

当テーマに関連して“右脳思考、左脳思考”という言葉があり、前者は非言語機能、すなわち言葉にしにくい抽象的な感覚、後者は言語や数学に強い機能です。社会で要求される思考はいろいろありますが、代表的なものは推理力・創造力です。右脳は全体的にものごとを理解したり、判断します。判断するには多くの情報の記憶と経験が大切です。優れた創造力をもつには空間的な記憶(暗記ではなく)をたくさんもっている人です。
脳は精神細胞どうしのネットワークを強固にさせることで、年齢に関係なく能力をアップさせ、使えば使うほど発達します。脳は身体の内臓と違って年齢に関係なく、その人の生き方、特に好奇心を失ったとき脳機能は低下し始めると言われています。
余談乍ら、ガンは分裂して増えている細胞でないとできません。大脳の脳神経細胞は再生せず、むしろ日々減っていくためガンになりません。神経細胞が再生能力がなくても、パソコンのフロッピーディスクに書き込むファイルのように脳細胞どうしのネットワークが発達しています。

最後に括れば、論理系の思考は、客観的かつ論理明晰に分析する合理的な科学手法です。しかし論理系で凝り固まった頭脳は、柔軟性、発想力を減退させる恐れもあり、人間的要素を捨象します。論理と感情という相対立する両方に目配りする思考様式が推理力・創造力を生み出す素地です。
ビジネス・スキルで学ぶことは、論理だけではなく、論理と対立する人間的要素である他者の感情に配慮することであり、当に心理学で開発されたEQとIQ両方のバランスをとることが奥行の深い領域です。

村井 徹

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時事問題(16) 働くためのキャリア・デザイン 2008年08月08日 09:01

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—夢や理想を実現するために—


人生にはなんらかの仕事に従事している期間が長くあります。キャリア・デザインは、この長期的な仕事生活のあり方について、意味づけやパターン化することを言います。人生には年齢段階に応じて社会生活に節目があり、その節目ごとにキャリア・パスのデザインがあれば、自分らしい生き方、働き方により邁進できます。仮にデザインがなければ、職場で吹き寄せられて漂うしかありません。キャリア論は学問上、未開拓の領域であるものの、私の体験に照らして1つの見解を披露する試みです。

就職後、仕事に意欲が萎えて転職を考えたり、起業を志したり、社会人大学院に入って新たな世界を探ったり、出向・転籍を機に自分のやりたいことを再度自問したり、病気療養中に仕事を変えたいと思ったり、節目ごとにキャリアを再考することがあります。
産業心理学の視点から見れば、次の3つの自己チェックがキャリアについて考える土台です。
(1)能力・才能 これは職場以外でも通用するスキルがあるか。(客観的な市場価値)
(2)動機・欲求 これは自分自身の内面から出てくる自分探し。
(3)意味・価値 これは精神性とか高い志。

キャリアという言葉は職歴・履歴と和訳されますが、単なる客観的な職務の連続だけが強調され、主観的な意味づけがないため、誤解が生じます。ここで取り上げるキャリアは、成人になって働き始めて以降、人生ないし生活全体を基盤に繰り広げられる長期的な仕事生活の場での具体的な職務・職種・職能での諸体験と生涯にわたる自己選択により生み出していく将来構想や展望と広義に捉えます。
日経新聞に「私の履歴書」という50年以上も掲載するコラムがありますが、功成り名をなした人達が自から綴る回想録です。その中に共通する事柄は、上司と仕事に恵まれ、上からの引きがよかったり、逆境にめげず克服したと述懐することが圧倒的に多くあります。メンターと言うべき、キャリアの歩みに弾みをつけてくれたり、アドバイスをくれたり、手本になったり、いわば師匠と仰ぐ人物がいたことです。古い言葉で言えば、薫陶をえるです。大切なことは、独り悶々として自分の生き方、自分らしさを考えるのではなく、人との関係から自分探しの糸口があるということです。
人はいくつになっても成長・発達すると考えれば、その生涯発達は安定期と移行期からなるサイクルを形成すると捉えられます。例えば成人期(22〜40歳)では自己発見の旅であり、より若い世代で育んできた仕事を継続して成し遂げていくかを問います。壮年期(41〜60歳)では益々力が漲り活動的になる人と停滞し始める人が、今まで以上に顕著に分化する時期です。いろんな年代で自分の夢が実現したこと、実現しなかったこと、それらをどう折り合いをつけて修正したか、何をすべきかといった事柄の自問が必要です。これらの自問は、人生で転機を迎える課題で成人期ではある程度実現できる夢を目標として達成することです。壮年期後半にはその夢を修正あるいは断念することになります。生活の場で必然的に夢は変わっていきますが、自分なりの安定と変化のバランスが肝要です。このように自分探しは生きている限り継続です。“夢”という言葉は、人によって現実味のないと思いがちですが、念じるだけでなく、行動し繰り返す努力があれば夢は実現します。夢がない限りなにも実現しません。人生は生き抜くに値するかどうかは論理的に答えるのは難問です。しかし生まれたのだから、人生を生き抜くに値すると信じることから、行動が起こり、その結果、生き抜くに値するカラフルな世界があると考えた方がよさそうです。

最後に、いいキャリアを歩むには、デザインや自己決定ばかりに執着すると、人生は重苦しくなります。大きな方向づけさえあれば、偶然に身を任せて掘り出したものを柔軟に活用できます。私の体験から言えることは、自分の望むものを通すだけでは、社会で生きているとは限りません。組織の要望に自分の考え方を合わせるだけでは、自分らしさを消失します。外的適応はときに内的適応を伴いません。その逆も然りです。そのマッチングを乗り越えてこそいいキャリアになります。人が発達するということは、常に成長の痛みを伴います。ズレがあるから、新しいものを探し、節目で選択し、選んでもズレがあるから発達が止まらないという繰り返しです。
安易に自己実現が最高と言いますが、動機づけの問題より、長期間を経て目指す発達に係る問題です。いいキャリアは、仕事経験を重ねながら、自分らしさ、自己実現の追求です。いいキャリアを歩むと、最終的には人間的魅力にまで行く着くのは、仕事が人生の学校でもあるからです。
もう1つ言えば、経営者であれ、専門家であれ、キャリアを彩る次元として精神性があります。社会や人々との関係の中で、自分の仕事の意味・意義を見出せないと、いつかは空しくなります。成功の歩みとは、何事もまず“こうありたい”という願いをもって、自からの夢を具体化する志にあります。その志があれば、熱意と知恵も生まれ、行動力も出てきます。正に企業経営も同じく“こうありたい”という願い、すなわち理念と具現化する行為です。
生きがいや働きがいは、何に価値を見いだすかは各人各様ですが、その実現に向けて指針になるのが信条です。信条を持てば、生き方に筋が通ります。そして確かな人生を歩みます。

村井 徹

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