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ー政治経済学からのアプローチー
1980年代末までは、貧富の格差は少なく、殆どの人が中流意識を持っていました。しかし1990年代以降、どの統計調査を見ても格差拡大が起きていると思う人が7〜8割に達しています。
格差とは、給与や保有資産などの経済的要因を指す言葉です。また格差社会とは経済的要因などある特定の基準により、社会の人々を階層に分けて、その階層間の移動が困難な状況である社会です。
所得からみる現状分析では、近年、格差や不平等を計測する際に使われる国際的な数値に “ジニ係数”があります。1981年以降、日本はこのジニ係数が上昇し、所得分配の不平等が進行しています。またOECD調査も日本は先進国の中で米、英と同様に不平等の高いグループに属しています。
貧困について、経済学では絶対的貧困と相対的貧困に区別して検証しますが、貧困を救済する手段として、生活保護制度があり、地方自治体ごとに生活保護基準があります。生活保護支給世帯は、1996年が61万、2006年が110万です。一方、貧困は1996年が9%、2006年が13%と推計されます。その内訳は、66歳以上の高齢者に次いで18〜25歳の貧困率は17%と高くなっています。また離婚率が高まるにつれ、母子家庭の半数が無職で貧困層になっています。
格差が拡大した主な要因には、次の7つがあります。
1.長期不況の影響
1990年から15年にわたる期間で、通常の失業率は2%前後が03年に5.5%と戦後の2番目の高さまで達したこと。
2.非正規雇用の増大
1995年正規労働者3,779万人、非正規労働者1,001万人が2006年に正規が3,340万人、非正規が1,660万人であったこと。
3.賃金決定の変容
賃金決定が連合による春闘方式から企業別の決定方式に変わり、企業業績によって賃金格差を生むと共に個人間の格差、中央と地方の所得格差の拡大を伴なったこと。
4.税の累進度の緩和
所得税と共に相続税の累進度を1999年以降緩和し、格差の拡大をもたらしたこと。
5.社会保険料の逆進性
社会保険料は定額方式で国民年金は1人当たり一率14,010円で所得の多少は顧慮されないこと。
6.地方の衰退
地方格差の拡大で県別失業率が高いのは、沖縄、高知、また県民所得にも格差があり一番低いのは沖縄、九州、四国の各県。
7.構造改革、規制緩和
経済活性化を促す効果があるものの、競争促進は格差を助長。曽つて、英米でも経済の立て直しは成功したが、同時に所得格差の拡大を伴った。
前述の格差を容認し、助長している構造改革の底流には、市場原理主義や新自由主義があります。経済学者のフリードマンやハイエクなどの考え方が勢いを増しています。しかし経済効率重視が社会全体を豊かにするという政策は、結果の平等を重視しないという立場です。競争を促進するために、結果の平等ではなく、機会の平等を重視すれば敗者にセーフティネットを設ければよいという考えです。
一般的に私たちが平等、不平等と言うときには、その内容には機会の平等、不平等と結果の平等、不平等があります。前者は人が職業活動や経済効果を行うための機会について格差の有無であり、後者は人が職業活動や経済活動によって得られた成果である所得や資産に格差があるかを論じます。前者は教育を受けたい、就職したいと希望したとき、全員参加できること、選抜のとき、差別してはならないという原則です。大学以上の高等教育で考えれば、親の所得によって、子どもが望む教育を受けれるかどうかが機会均等を論ずる要点です。国立大学の授業料は、今や53万程度になって近年高い上昇です。教育の機会均等を維持するために奨学金や育英制度の充実が必要です。しかし本人の能力差や努力の有無は、平等の原則から論じることは不可能であり、一概に不平等とは言えないようです。
次に職業についての機会の平等ですが、社会学の視点でみれば“社会移動”という概念があり、親の職業が子どもの職業選択にどの程度影響を与えるかと捉えます。すなわち子どもが親の階層より上か下かです。1990年代前半までは、子どもが親の職場と無関係に子どもは自分が望む職業に就くことが高かったものの、1990年代以降、父親の階層と同じ職業に就く可能性が高まり、職業水準の固定化に進みつつあります。
日本がもっと競争促進策を導入して、強い経済を実現するために、経済効率が重要であり、不平等が増えてもやむをえないと考えれば、社会にとって次のような問題を引き起します。(1)勤労意欲の喪失(2)人的資源のロス(3)公的援助の増加(4)犯罪による社会の不安(5)階層の固定化等です。
どこの世界でも格差が存在するのは事実です。社会には能力の格差、努力する人しない人がいますが、社会格差をどこまで容認するかがあります。貧困者が存在することを認めて格差をよしとする考え方と格差の上層と下層の差をどこまで縮めるかをよしとする考え方です。セーフティネットは不幸な人たちに自分の貯蓄、家族の支援に加えて、失業保険、生活保護、医療保険、介護保険等の社会保障給付を行います。この担い手は、政府、企業、家族、本人など様々ですが、政府ネットの規模がここ20年間縮小しています。
税及び社会保障の水準の違いによって、先進国は次の3つのグループに分けられます。(1)北欧諸国の高福祉、高負担型(2)英、独、仏などの中福祉、中負担型(3)米、日本の低福祉、低負担型です。
日本の選択は小さい政府により格差を拡大する米国型か小さい政府から脱却して格差が著しく大きくなく、ある程度の教育と福祉を充実させる欧州型です。今やどのタイプあるいは別のタイプが国民にとって適しているかが政治及び行政に任せるだけでなく、国民に委ねられているのではないでしょうか。
格差社会を政治や政治の立場から議論する意義はあるものの、悪いのは社会という依存主義が潜んでいる感がします。社会が不条理であろうとも、最後は“自分はどうあるか”です。知識社会とは努力不足やその方向性が違っていれば成果に結びつきません。実社会の変貌を理解し、知識を現実に応用する知恵あるプロセスでなければ、知識価値を生み出せないということです。
最後に提起したい事柄は、前述の問題は政治経済からの視点でしたが、根源的な格差問題とは教育・文化・環境に係わる格差があり、人間としての生き方、すなわち何に充実感があるか、何が幸せなのかにありましょう。
村井 徹

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