村井徹/監査役 セイコー株式会社を退職後、経営コンサルタントに携わり、現在、当社の監査役等を務める。
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ー理性と感性ー
理性は論理、感性は情緒に置き換えられますが、一般的に論理は男性的な特性であり、情緒・直感は女性的なそれであると言われています。例えば人を説得するときに理屈が通っていれば、相手は多少反対があっても敢えて従います。これが男性社会の論理です。男性が概ね論理を行動の中心に置くのに対して、女性は情緒が主になります。当然ですが、男女共、論理と情緒の両方を持ち合わせていますが、どうしてもその比率に差異があるようです。 女性には子孫をつくるという生物的な使命があるために、本能的に身を守るとか、直感的に相手を判断する能力が伸びていったと考えられます。一方男性は外に出て獲物をとったり、作物をして食糧を得なければならない使命がありました。男女がいればこそ、互いに相手の特性を学ぶことが出来て、人間社会は成り立っています。
学問の世界でも、戦後に米国で“行動科学”が流行になりました。 その代表例がスキナーで遺伝子や体験などをコンピュータで分析し、環境下で人がどのような行動をとるかを究明しました。当に情緒より論理を重視。しかし米国がベトナム戦争に突入してから、物量と軍事力によりベトコンの潰滅を図りましたが成功しませんでした。米国政府に対しあるシンクタンクの人がベトナム人と接触し“ベトナム人はアメリカの介入を好まない”という情緒面に焦点を当て、少しずつ情緒に目を向けるようになりました。このことは従来の欧米の合理主義的な考え方が不自然で、情緒を抑えることは人間の行動の限界で、論理と情緒を同じレベルで取り上げることになりました。現下のイラクも同じことが言えます。
話は変わりますが、戦国時代の武将たちも藩という組織を運営するとき、人間の感情、情緒や嫉妬心とか功名心などを無視しませんでした。いつの時代でも人間を論理と情緒の側面から総合的に捉えるということです。人間の組織は論理と情緒から成り立ち、論理だけでは人は動かず、また情緒だけでは運営できません。しかし情緒なくしては組織は崩れます。
余談ですが、“嫉妬”は二文字とも女偏が付くため、女性の専売特許のように思われがちですが、嫉妬は人間の本性です。嫉妬しないと思われる人は、抑制力が強く慎重に隠しているだけです。女性の場合、相手が自分より優れている点にひけ目を感じたり、先を越されたりに恨み憎む“妬み”です。一方男性の場合、相手が自分より優れているのを恨み憎む“そねみ”です。タテマエ人間の男性は、日常生活で嫉妬を隠し、その行動は敵対となって表われ、それを受けて相手は憎悪から怨念で応戦します。 国際社会、日本社会、組織、友人知人そして男女など様々な関係の中で、人の行動には大義名分の背後に嫉妬が隠されて社会を動かす因子にもなります。
私が愛読する学者の1人に東大の山内昌之著『嫉妬の世界史』(2004年度版)があり、古代ローマからナチスドイツまでと日本の事例で嫉妬を解説しています。 シェイクスピア『オセロ』に「人間出来ることなら、嫉妬からだけは免れていたいものです!」があります。
村井 徹