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社会的・政治的に使われる思想という言葉の意味は、その根底に物ごと全般に一貫性をもった考え方をいうことにあります。つまり価値判断と深く関連して、考え方は生き方に連動します。従って思想とは物ごとを仕分けし、筋道を立て言葉による表現活動により、生に形を与える営みです。戦後の日本は現在に至るまで考え方も生き方も、米国への過剰適応、つまり依存関係にあります。
昨今、憲法論議が賑やかですが、憲法の本質である“平和と民主”は戦後の代表的価値です。平和とは戦争・紛争のない状態で物質的に豊かに生きることを意味し、民主は主権在民で国民が社会の意思決定に等しく参加し、物ごとが多数決で決することを意味します。しかし両者の言葉が輝かしい価値をもつのは、戦争や貧困そして抑圧や専制が支配している間だけです。平和と民主はそれが現実のものでないうちは、立派な理想になりえても、それが現実のうちに根を下してしまえば、“平和のなかでの退屈”や“民主のなかでの焦燥”をもたらし、理想とは逆のものになるという皮肉さがあります。もう1つ付け加えると“自由と平等”の思想があります。自由とは基本的に国民の権利であるものの、自由の強調は身勝手さの助長にも連がります。また平等にしても、其の平等は存在せず、平等な競争が貧富の差という不平等を生みだし、それが機会の不平等へと拡がります。
ポピュリズムは“大衆迎合主義”と訳されています。大嶽秀夫著『日本型ポピュリズム』によれば、ポピュリズムはエリートと普通の人、善玉と悪玉、味方と敵といった二元論を前提に、リーダーが普通の人々の一員であることを強調し、普通の人々の側に立って彼らをリードし、ヒーローの役割を演じる劇場型政治スタイルと規定しています。
ポピュリズムの由来を調べると、民衆に呼びかける行為を伴う活動にありました。19世紀にロシアのインテリアたちが社会主義を展開し、革命思想を説いたことに、その起源がありました。20世紀に入り、南米に登場した政治家らが、世論の支持に依拠して改革を進めた政治運動でした。1990年代以降、この言葉はファシズム、デマゴークといった言葉と混同して使われ、民衆とは誰れのことか、労働者、有権者、市民なのか、そういった定義や範囲を明確にしないままの発言が定着し侮辱的に捉えられています。
民衆の味方を演じるポピュリストには、上述のように善悪二元論により、現状に漠然と不満を抱きながら声を上げることがなかった人々のウップンを晴らす気分を昂揚します。曽っての高度成長時代には、官僚と民衆の両者は乖離せず、種々の面で進歩発展していくと信じ、それを担うのが官僚というエリートに支えられるとの思い込みでした。しかしこの進歩は技術的な発展で、必ずしも社会の進歩、ましては人間の意識の成長を伴うことはありませんでした。社会福祉政策で弱者救済に取り組んでも、民衆から支持が薄いのは、官僚は縦割り組織で省益の利益優先があり、特権が表面化したこともある一方、民衆は民主主義で代表を選ぶ権利をもちながら欲求不満になりました。
日本ではバルブ崩壊後、低迷した経済状況下で民衆が拠り所にしたのは、ポピュリストの出現でした。ポピュリストの小泉首相は民衆の立場を利して、民衆のために政治をしていくよう振舞いました。彼の人気は訴求する政治課題ではなく、エリート層にない民衆的なイメージをもち、大衆の味方を演じ、恰も民衆の立場を代弁する人物を演じています。既に米国ではニクソン大統領以来、マスコミや民衆の関心と支持を引きつける演出技術が確立し、それを適用したわけです。ポピュリストへの支持は、この種の社会心理と結びつき、民衆に直接訴えかけて支持を求めます。
本来、政治とは国民の生命と財産を守り、国民の高い知的水準が国の繁栄の原動力です。経済的に発展するには科学技術の発展が基本です。郵政民営化や政府系金融機関の統廃合等は負の遺産の繕いです。
将来に向けての国家像といった大局観から政治課題を提示し、総合判断により解決するのか政治の存在価値でありましょう。米国から日本へ提起された政治課題の解決に奔走するだけでは、愚民政治と言わざるをえません。このことは即効性や時事性に捉われて世俗的なパフォーマンスが指導者にふさわしい実像とするメディアにも一因があります。
政策選択の当不当を問う体系的な英知や教養の深さを重視するリーダーの出現が問われているのではないでしょうか。
村井 徹 |

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