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世相雑感ーその10 2006年04月17日 14:19

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自然界では“共生”という営みが広く行われています。互いに密着し生育し利害を共にしているからです。一方、人間社会では“共生の時代”といわれ20世紀までの消費文化による自然破壊を危惧して、地球と人間の共生を図ることを目指しています。

人間に目を転ずれば、現代は絶対的な価値基準が失われ、善と悪の境が霞んで不安な時代といいます。現代社会は五無主義ー無関心、無感動、無趣味、無気力と無責任が20年前から指摘されています。社会性としての人間関係の希薄さが大きな問題となっている現代社会は、他人の気持や立場を理解し、また理解してもらえず、人と人との心の触れ合いや思いやりを育てることが難しくなっています。人間関係を築くうえで“共感性”は重要ですが、このことについて哲学、倫理学や心理学により、昔から研究されているものの、矛盾や混乱があるのも事実です。

前文が長くなりましたが、今回も含めて2回にわたって「思考の段差」について日頃思う事柄を記述します。


1.子どもと大人のものの見方

子どもはものごとを主として“好き嫌い”で見たり聞いたり感じたりしますが、大人はそこに“必要があるか”や“関心があるか”という別のモノサシが加わります。世の中には「大人の子供化」現象があり、単に好き嫌いでものごとに接して、必要の有無という尺度で計れない大人がいます。一方、「子どもの大人化」とはゲームやパソコンにのめり込み情報を大量に入手して、豊富かつ雑多な知識をもちますが、受け止めるものと吐き出すものとの間にバランスが崩れ、仮想の世界に安住します。昨今の青少年犯罪にこの手のものが多くなっています。これはもって生まれた子どもの感性の未熟さにあります。近年、核家族化と家庭団欒の減少化により、子どもの健全な成育が躾も含めて損なわれているためです。


2.ものごとを知る態度

幼児はものごとを感覚的に知ろうとするとき、眼を輝かせ素直に知ろうとする心があります。これは自分の心や意識を無にしているからです。大人になってもこの心の持続が大切で、ものごとの本質を知るためには、判断を先ず停止して脳の中に全面的に受容して、それから反芻して考え、自分の意識に新しい知識を定着させ根付かせることです。

世間では“自らの視座を確立して見よ”“全て疑って見よ”“予断を持って見よ”といいますが、最初から判断を加えて取捨選択することは、今の自分の知的レベルでのそれであり、それ以上の内容が提示されても遮断する恐れがあります。このことは知識の拡充に当って肝要なことです。また社会生活で、話し上手よりも聞き上手の方が好まれます。後者は深く信頼感をもたらし“優しい人”“大人”“ものごとの本質が判る人”と評価されます。(つづく)











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