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世相雑感ーその8 2006年02月13日 12:07

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今回のテーマは、「礼儀作法の衰退」を捉えます。



戦後60年余を経て、昔からある作法を悉く現代的でないとして破壊しました。礼は心、儀は形ですが、作法とは人の世に守らなければならない基本・しきたりです。つまり個を超えた価値体系(規律・規範など)であり、人が身につける第一の義務でもあります。

戦後の日本は、高度経済成長によって未曾有の物質的豊かさを享受しました。ものが先行したため、それをどう位置づけ、どう扱うかという人の問題は後回しにして今日に至りました。



作法は文化ですが、なぜ無作法時代になったかを考えれば、江戸時代までに完成された固有の文化は、型の文化と言えます。完成された型が伝統として形づくられ、型を完璧に身につけた者が師匠となり、弟子は教えられるままに、無心にその型を自分のものにしようと努める修業の文化でした。その内面には共通して仏教があり、武士道があり、精神を前提にしていました。このように人のあるべき姿は個を超えた普遍的価値に置き、それを「道」「法」という言葉で捉えました。道は剣道、茶道などで究め、極意の境地を目指しました。明治に入って、西洋の文明・文化を積極的に取入れたため、江戸時代の文化を旧弊として蔑み西洋文物がこれからの国づくりの模範としました。最も魅了したのは、西洋の自由、個性、思想、論理的思考でした。しかし、西洋文物の導入に欠落したことは、文化は言葉、音楽、絵画、建築に表現されたものだけではなく、西洋がもつ言語化されない慣習、流儀、作法、社会制度や人文科学までに配慮することは及びませんでした。従って根源的に江戸時代に完成した礼儀作法は、明治期及び戦後期と2回にわたって衰退に遭遇したと把握できます。



今から五十年前のジャン・セール『フランスエチケット集』を読めば、礼儀作法の基本原則は“自分がして欲しいと思うことを他人にもする。”と規定しています。その意は互譲の精神にあると記しています。従ってその根源は聖書マタイ伝の言葉と同意語です。

また、礼儀作法を親から子へ伝授するときに必要な心構えは、親の側でもある程度子離れが出来ている関係が大切です。



次回は作法の再興について認めます。










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