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時事問題(1)働きすぎの時代に想う 2005年09月30日 13:08

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―世界に広がる労働時間増加の逆流化―



多くの先進諸国では1980年代以降、従来の着実な時短の流れが逆転し、労働時間が長くなり始めました。米国では特に職業別で管理、専門、技術職のホワイトカラーで、男女共、週50時間以上の長時間労働が増えています。それに伴い共働きの増大により、夫婦労働時間の増大や職場生活と家庭生活の時差格差の拡大、子持ちと子どものいない労働時間の時間格差をもたらしています。また英国でもホワイトカラー層は週48時間(4労働週20日)で、日本でも6人に1人は週60時間以上働いています。



上述のことは、今日の情報通信技術の進歩と関連して時間ベースの競争を強め、仕事のスピードを速め、仕事量を増やしています。またノートパソコン等の情報ツールは仕事の時間と個人の時間の境界をあいまいにし、仕事がどこまでも追いかけてくる状態をつくりだしていると共に、正規雇用の多くを非正規雇用に置き換え、雇用を不安定にする要因にもなっています。つまり労働時間を長・短時間に二極化を促進します。



1947年に制定された日本の労働基準法は当時から時間外労働を殆んど無制限の残業(時間外労働と休日労働)として認めてきました。それも一因となって多くの職場で長時間残業が常態化し、2003年に“サービス残業”が社会問題になりました。残業は元来特別な業務上の理由による一時的・臨時的な仕事量に対応するものです。しかし厚生労働省では労働時間の規制を緩和・撤廃して、働きすぎを助長する動向も強まっています。
年間1800労働時間を達成するために、1992年に制定された時短促進法を廃止し、多様な働き方に対応して労働の自主的な努力を促進する法律の制定があります。今年3月労働に係わる4つの法律の改正案が国会に提出。その改正案には「過重労働による健康障害防止対策として、残業が月100時間を超え疲労の蓄積が認められ、本人から申し出があった労働者に産業医の面談指導を行う」としています。東京労働局の過重労働の捉え方が月45時間以上であるにも拘らず、政府のそれは月100時間以上と大きく後退させています。今回の改正案は労働時間の短縮を設定に置き換える特別措置法の制定であり、しかも労働時間の設定を労使の自主性に委ねています。この改正案が成立すると、2006年4月から施行されます。冒頭に述べたように、80年代以降労働時間はかつての標準が後退し、多様化、分散化、個人化に向かっています。産業や企業の別を問わず、上限として労働時間を1週40時間、1日8時間という現行の労働時間が1日あるいは1週に何時間働くかを個人の自由意志に委ねようとしています。しかし労働契約で使用者の指揮命令下で一定時間以上働くことが前提にあり、いったん労働契約を結んだ後で、何時間働くかは決して個人の自由とは言い難しです。こうした規制緩和は、労働者にとって本人や家族のために労働時間を短くしたいと考えても、より長時間働かざるをえない人が増えています。そうなれば労働時間の上限は、法律によって与えられるよりも、職場で自発的であれ強制的であれ、実質的にもっと長時間働く人によってつくられていくことになります。例えば午後8時に職場が閉まるなら、それ以降の残業はできなくなります。その場合、社員は家に仕事を持ち帰るかもしれません。社員がカバン残業あるいはフロッピー残業をするのは、そうしなければ終らないような量の仕事があるか、そうしなければ達成できないような成果が期待されるからです。社員が居残り残業、休日残業や持ち帰り残業をすることを会社がたとえ奨励しなくても容認していれば、それで働きすぎを誘発する要因になります。



過労死および過労自殺について2003年最高裁では、会社側の主張を退け遺族側の訴えを全面的に認めて、労働者の過重労働を強いて心身の健康配慮義務を怠った会社側に厳しい判決でした。今後は個別企業の社会的責任として捉える必要があります。



過重労働問題は、18世紀後半の英国の産業革命でも似たようなことが起り、1日12時間、週70時間も働きました。法律による労働時間の制限と短縮が制定されたのは、1930年代からでした。日本でも1日12時間を超えたのは明治中頃以降でした。今回問題提起した働きすぎのテーマは、マクロ的にはグローバル・情報資本主義時代の雇用のあり方、国際労働基準の設定があり、ミクロ的には企業の要員計画と業務体制の整備、健康障害防止策などがあります。そして労働者にとっては、ライフスタイル(仕事と生活)の調和からみて、人たるに値する生活とは何か、まっとうな働き方ができる職場とは何かを実労働時間の適正を重視して職場づくりすることが重要です。

なお、年次有給休暇の未取得問題は紙面の都合で割愛しました。







村井 徹 hitohitohito.jpg

世相雑感ーその3 2005年09月16日 15:27

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今回のテーマは、「読書の奥義とは何か」です。

読書は江戸時代以降、活字文化の主役でしたが、近年のIT情報時代の到来により、その座が揺らいでいます。



読書と言えば、中国古典に「読書三到」の語があります。三到とは心到る、眼到る、口到るで、すなわち読書の時は、心と眼と口とを十分に働かせて反復熟読すれば、真意を会得できるので特に心到が大切であるという考えです。また、「眼光紙背に徹す」は、ただ字句の解釈に止まらず、さらにその深意に徹することで、前述の三到の中の眼到に相当します。



一般的には読書には、拾読、通読、味読、熟読等があり、味読から熟読するに値する書籍を自分の人生の中で何冊出合うかが、器量形成に多大な影響を及ぼすと思われます。

道端の石ころや草花の1つにも大きな世界へと開けていく感性や知識、思考の入口があり、そのような入口として役立つのが読書でしょう。知識の習得は本来目的でなく、そこから知恵を得る手段、すなわち「知行合一」であるはずです。また豊かな感性を育むためにも、自分用に味読する書籍は不可欠です。



昨今は日常生活の中で読書をする習慣が薄れていますが、読書は著作者の心に入り、一体になって物語に生きてみるという体験があります。また思考のための補助行為です。これは作者という他人にものごとを考えてもらい、思考を刺激させてもらう固有の愉しみです。人生読本の立場で捉えれば、読後、すべてを忘れた後の“残灯、残滴、残照”でしょう。



私の座右書の1つに江戸後期の碩儒者佐藤一斉が19世紀末上梓した『言志四録(げんししろく)』は、修養、処世や教育の心得として、中国明代『菜根譚(さいこんたん)』と同じく心の書であり助言集です。簡明直截にして肺腑に衝く概があり、不朽の名著です。同書は円熟した後半生40年余にわたって一千百三十余から構成。幕末の吉田松陰をはじめ英傑たちは人生指南書とし、維新の原動力になりました。








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「Ten Colors - 活躍する若手女子美卒業生展」のお知らせ 2005年09月09日 11:30

環境計画も気がつけば女子美っ娘が5人に増殖しておりました・・・・。

恐縮ながら「活躍する若き女子美卒業生クリエイター」として母校で私達の仕事を紹介させて頂くことになりました。興味がある方は、どうぞHPを覗いて下さい。



三谷亮子・源田和美・大島奈々絵・茂呂幸子・日向若菜





「Ten Colors - 活躍する若手女子美卒業生展」

http://me2me.boxerblog.com/jamtc/

日時:2005年9月14日(水)〜10月23日(日)※火曜日休館

場所:女子美アートミュージアムhttp://www.joshibi.ac.jp/jam/

展覧会開催のお知らせ 2005年09月05日 17:52

いつもはデザインをお願いしていた布施快さんがライターの本領を発揮した展覧会を開催します。

詩人だったの?

興味のある方はぜひ足を運んで下さい。



版木画と画詩集の展覧会「樹霊・木魂の復活」

http://www.n-tree.jp/exhibition/exhi2005_02.htm

長崎 剛志(ながさき たけし。木版・庭の作家)

布施 快(ふせ ひろし。詩人)

日時:2005.09.22(木)〜27(火) 11:00〜19:00(最終日〜17:00)

場所:渋谷PROMO-ARTE http://www.promo-arte.com