村井徹/監査役 セイコー株式会社を退職後、経営コンサルタントに携わり、現在、当社の監査役等を務める。
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この年になると「おまえ馬鹿か!」「これじゃ0点!」と言われることも少なくなりますが、若いときには、的はずれな答えを出して、良く怒られたものです(的はずれなことを言わなくなったのではありません。この年になると無視されるだけです)。 怒られるのは、自分には経験の少ないことを頼まれた時によくあることです。こっちが素人だと知っているのに馬鹿呼ばわりでは、「納得できない」という気持ちも分かります。でも、「ひどい人だ」と思うことで気持ちの整理は出来ますが、仕事は前には進みません。仕事が前に進まないかぎりお金(お給料)はいただけません。 一歩前に進むためには、「自分は何故この答えに至ったのか」を自分なりの言葉で説明できることが大切です。「言われたとおりにやった」「言われなかったのでやらなかった」「誰かがこういったから」は最悪で、火に油を注ぐことになります。 自分なりの言葉で説明するためには、与えたれた仕事に対して、自分なりの理解をして臨む必要があります。当然、経験が浅いので、依頼者にとって、十分に満足のいく理解ではないでしょう。ですから、また怒られます。でも、どうせ怒られるなら、考えないで怒られるより、自分なりに考えた結果で怒られましょう。そうすれば、どこに食い違いがあったのかが分かるはずです。これで一歩前進です。少なくとも、次回は同じことで怒られることは無くなるし、依頼者の信頼も得ることができます。 もちろん、本当に無理難題を言う人もいます。そういう場合は、お金はあきらめてさっさと逃げ出しましょう。(仁)
企画書には、その課題に応じて様々な目次立てがあると思いますが、「背景」と「目的」は必ずあるはずです。もちろん、プレゼンテーションの種類によっては、わざわざ明文化しないこともありますが、「背景」と「目的」をクライアントと共有化していない企画は、舵のない舟で、思わぬ方向に流されることが多いはずです。 説得力のある提案を行うためには、多くの選択肢の中から、クライアントの事情にあった、適切な手段を選択する必要があり、その選択基準の重要な要素として「背景と経緯」があります。 私の経験では、「目的」は、「こうしたい」「ああなりたい」という要望ですから、クライアントから提供されますが、「背景と経緯」をちゃんと説明してくれることはあまりありません。そもそも「背景と経緯」は、クライアント側の「勝手な都合」である場合が多いので、外部の人に説明しにくいし、うまく説明できない場合が多いのです。 このような場合、クライアントにしつこく質問するのは下手な方法で、大変ですが、自分なりに「こうではないか」「ああではないか」と考えて、仮説を立てて企画を進めます。こうしておけば、提案内容が的はずれだった場合にも、どのボタンが掛け違っていたのかが明確になるので、お互いの信頼感が増し、再提案の余地も生まれてきます。(仁)
昨年は「災」と名付けられた一年でしたが、今年はその反動で、ぜひとも「大福」となってほしいものです。 21世紀に入って早くも5年目。 20世紀、特に戦後50年間は、観てきた話や聴いてきた話でも、面白ければ充分価値があった・・・そんな時代だったと思いますが、これからは身をもって体験した話の重さが理解される時代だと思います。 体験の重みということで、今年第一号は、昨年経験したエピソードを紹介させていただきます。(竹内) ■トイレ掃除 国鉄(現JR)に入社すると、1年目は全員、駅の構内のトイレ掃除をさせられる・・・と聞かされていた子供の頃、国鉄の職員にだけはなりたくないな、と他人事のように思っていましたが、その私が50代も半ばになって、トイレ掃除をするはめになるとは、夢にも思いませんでした。 さまざまな活動団体が主催する講演会の案内が、毎週のようにファクスで届きます。 その中に「凡事徹底(ぼんじてってい)」というタイトルの講演会の案内がありました。私の琴線に触れる四文字で、平凡な事を徹底してやることが何よりも大切・・・という意味だろうと解釈して、即座に参加の申込みをしました。 当日、やや遅れて到着した会場の壇上には、穏やかに淡々と話をされているおじさまがひとり。どこのどなたかも判らずに聴いていると、ビデオでトイレ掃除の実態を紹介されはじめました。そこではじめて、同じ目黒区に本社のあるイエローハットの創業者鍵山秀三郎氏だと気付いた次第です。 鍵山氏は、イエローハットの今日の隆盛はひとえにトイレ掃除のおかげだとおっしゃいましたが、その言葉はさすがに鵜呑みにはできません。ただビデオの中に、素手でトイレを洗う場面のことが気なりました。質問タイムがあったので「なぜ素手で?」とさっそく疑問をぶつけたところ、答えは明確で、「問題点により近づくため」だそうです。 このひと言にしびれてしまった私は、早速、トイレ掃除に参加しました。 初舞台は、都立大森高校のトイレ。 ボランティアとして高校のトイレを掃除するのではなく、自分達の心を磨く場所として、都立大森高校にお願いをしてトイレという場を提供していただくのだそうである。 指定された日曜日の朝、集合時間に行って、驚いたのは準備の良さと段取りのすばらしさです。登録を済ませ、班分けに従い、体育館に行けば、これからの掃除に使う道具が見事に整理されています。 開会のあいさつ、準備体操、注意事項などの説明があり、いざ、トイレ掃除開始です。 手際よくお湯がバケツに注がれ、各班、リーダーに従って担当するトイレに向かいます。 トイレの前で、一人にひとつずつ担当する便器が決められ、約1時間かけて、ひとりが一個のトイレを磨き上げます。磨く道具は、陶器の部分はこれ、クロムメッキの部分はこれ、と細かく使い分けを指示されます。新米の私には、わからないことが多く、そのたびにリーダーに質問すれば、即座に見事な回答が返ってきます。便器の見えない裏の入り組んだ部分は、素手の指先でぬめり(問題点)を確認し、ぬめりが消える(問題点の解決まで)磨き続けます。小一時間経つと、便器は、まるで新品同様にピッカピカに磨き上げられます。
個々の便器が終ると、今度は全員でトイレ全体の天井、壁、床を掃除して、班の仕事は終了します。最後は、節水のために3つのバケツに水を張って並べ、3人がその前にかがんで、すべての道具を下洗い、中洗い、仕上げ洗いと順番に送り、すべての道具を片付けます。洗い終った道具は、細かく指定された回収場所に収まって、すべてが終了します。 体育館に戻れば、各班ごとに青いビニールシートが敷かれてあって、食事班が用意したお昼ご飯を車座になって食べ、反省会です。 この掃除の会は、ボランティアではなく、鍛錬の場として都内各所の小、中、高校のトイレをお借りします。副産物として、よく月曜日、ピカピカになったトイレを見た生徒が、なにかを感じてくれれば、なおうれしい・・・ということのようです。 掃除が会社を支えた・・・講演会で聴いたときは半信半疑だった私も、ひとつの便器を一時間磨き続けたあとは、「確かに有り得る!」と思えました。 鍵山秀三郎氏いわく なぜトイレを磨くか? 1.心を磨く 2.謙虚な人になれる 3.気づく人になれる 4.感動の心を育む 5.感謝の心が芽生える だそうであるが、気づく人、感動の心、感謝の心は、新米の私にも身に沁みて判るような気がしてきています。 http://www.souji.jp/ 論より証拠ではありませんが、興味のある方は、ぜひ一度、体験されてはいかがでしょうか。 竹内義雄