村井徹/監査役 セイコー株式会社を退職後、経営コンサルタントに携わり、現在、当社の監査役等を務める。
―経済・企業そして働き方―
人口学によれば、高齢化率(全人口に占める65歳以上の人口比)が7%を超えると“高齢化社会”と称し、14%を超えると“高齢社会”です。日本が7%を超えたのは1970年、14%を超えたのは94年でした。その期間は僅か24年であり、独の40年間、英国の47年間に較べて短期に移行しました。また米国は1942年に7%を超え、約70年後の現在でも高齢化率は12.5%に留まっています。 高齢化は先進国に共通するものの、日本の急速な推移は、戦後平均寿命が劇的に向上したことと、所得水準、食糧事情や生活環境の改善等が寄与したわけです。今後も日本は最も高齢化した人口をもつ国となり、その速度を持続していきます。 人口問題研究所の推計では、子でもを生む可能性の高い25~39歳の女性人口は、今後四半世紀で2/3以下に縮小するようです。これまでの少子化問題は出生率の低下であったものの、これからのそれは子どもを生む可能性の高い世代の女性人口が急激に減少するためです。しかも2033年までの25~37歳の女性人口は既に確定しています。
一方、人口減少と言われているように、前述の研究所推計では、2030年に1億790万人と2000年に比して、1,760万人(△14%)、2050年に8,470万人(△32.4%)となっています。このことは半世紀間で人口増加と同数の人口減少を経験することになります。 「人口減少経済」では、需要と労働力の縮小に見合う形で生産能力が低下します。2009年11月、民主党政権は“デフレスパイラル”に入っていると発表しましたが、基本的には賃金総額が需要の大きさを決めるため、賃金あるいは雇用減により現実の需要を一層縮小させて、生産能力を落とし投資も縮小し、その結果一段と需要を縮小させます。戦後の日本では過去2回、デフレスパイラルがありました。最初は1970年代の石油危機後で、2度目は90年代後半以降で、いずれの場合も主要因は賃金抑制でした。企業は体力を維持するため賃金を抑制し内部留保の拡充を図ったためでした。 2008年からの不況とは、需要(特に輸出)の縮小が原因であり、生産能力に見合う需要が得られないために企業経営が悪化しました。需要が縮小する理由は、投資ブームや消費ブームが終ったところにあります。 これに対して「人口減少経済」では、最初に労働力の縮小によって生産能力が低下し、上述の不況のように造れるのに売れないではなく、以前のように造ることが出来なくなることが企業の売上高減少の理由です。つまり、不況による経済の縮小が需要側から起るのに対し、人口減少による経済縮小は供給側から起きる違いがあります。 以下、人口減少と高齢化がもたらす社会構造の変化を次の3つの要旨で記述します。
①経済成長率が低下、経済縮小に向かう 総国内生産の大きさは労働生産性と労働者数によって決まり、労働生産性は技術水準によって決まります。従って、経済が縮小するのは、技術進歩による労働生産性の上昇率より労働者数の減少率が上回るからです。また年金を負担する年代人口が減少することにより現年金制度を維持できず、給付水準なり負担率の調整が必要になります。何故ならば収入と支出の格差は、2010年以降急速に拡大傾向にあるからです。さらに、人口減少の対策として外国人労働者を活用すべきという主張があるものの、賃金コスト削減という対症療法的な姿勢では年金支出の悪化につながります。 社会も経済も今日まで基本的には人口増加を前提に成り立っています。すなわち個人の生活設計、企業の経営方式、国の政策等は人口増加を前提とした経済社会を基盤にした人口増加型経済です。総国内生産の大きさは需要の大きさと等しくなり、労働力の縮小によって需要も縮小、経済がマイナス成長になります。マクロの経済全体の規模からミクロの国内1人当たりの経済規模、すなわち生活視点から経済をみることが重要になり、生活水準が社会としての豊かさにあることが重視されます。 ②企業はスリム化 経済には貯蓄・投資バランスというメカニズムがあり、人口の高齢化により働く人の割合が低下するため、国民全体としての貯蓄余力が低下します。このことにより産業構造の変化は必至であり投資財産業が衰退し、代わって消費財産業やサービス産業が伸びます。一方、消費行動は多様化し企業間関係は独立した並列的関係が強くなります。そして人口減少経済下の新しい経営ルールが生まれます。日本企業は売上高拡大を最優先の経営目標としましたが、欧米各国では企業の優劣は利益の大きさ、あるいは利益率の高さで判断します。 企業経営、とりわけ製造業は生産能力の計画的かつ適切な縮小が基本であり、その場合、付加価値率の向上によって企業の利益率を高めることが肝要になります。 ③人口減少下のライフスタイルの多様化 年功賃金制が崩壊した今、能力給に移行するにつれ、「能力」が重視されています。この能力とは、㋑ある職務に従事し得る能力、㋺その職務をより上手くこなせる能力から成り立っています。前者を“スペシャリティ”と呼び、後者を“スキル”と呼びます。スキルによる賃金水準の格差は、スペシャリティによる賃金の格差に比べて小さいと推測できます。今後はスペシャリティに基づき賃金体系が変化し、この能力を身に付けてより上方を目指し続ける人、他の企業でも通用する普遍的なスペシャリティが重視されます。こうした上昇志向に対して、もう1つのタイプは、むしろ働かない自由を謳歌しようとする人々でフリーター的な就業形態です。これら2つのタイプの間に種々なバラエティがあり、今後予想される前述の年金制度の変化が、その多様性を一層促進していきます。
戦後の日本は、国民全員を経済的に豊かにするという共有財産がありました。経済の根源としての企業がカイシャという小社会の形態を成し、国民皆んなという考え方を強めました。しかしこれからはその共有財産が増加せず、むしろ余暇時間が確実に増加していきます。このことは分業と労働生産性の上昇という成果です。個人をベースに就業形態やライフスタイルにより、余暇時間にどれだけの価値を引き出すかです。 曽つての日本の街づくりは、経済活動に基づきつくられていましたが、欧米に見られるように街の中心に広場があり、商業施設と違った住民意識が強まるものと推測できます。また地方は田舎ではなく、自然環境に恵まれた田園・里山という生活空間が高齢者だけではなく若い人にも魅了します。里山とは50年前、碩学の京大名誉教授故四手井氏が語源の生みの親でした。森林の破壊や生物の絶滅が加速度的に進む現在、自然を単純化しない森林生態の必要性が高まります。 括れば、人口減少経済下では国民から個人や住民といった意識が芽生えて、新たな豊かさを育んでいくとの思いです。
環境変化にどう対応するか
社会・経済そして企業が変化するのは、多くの場合、その端緒は環境変化に基因します。つまり、社会や経済を取り巻く環境が変化することにより、旧来の仕組み、すなわちシステムが機能しなくなり、所定の効果が得られなくなるからです。従って、環境の変化に応じて新たなシステムが模索され、構築され、定着します。このことは、国家や地方自治体でも同じです。しかし、ものごとはそう簡単にはいかず、新たなシステムに向けて変化のプロセスが上手く進行するためには、リーダーの職責が重要です。 リーダーは基本的には旧来のシステムの成功者であり、成功者という実績がその地位を押し上げています。人は元来保守的で、システムが変わることを好みません。そのために、少しだけ修正・改善を施しつつ、抜本的な修正を避けて旧来のシステムと手法を駆使し、環境変化に対応しようとします。このことは、システムの変革に対して緊急性、必要性を過小に演出しようとします。その場合、適切な対応行動の遅れがコストを嵩むことになります。 必要なことは、体調を整え体力を向上させるように、変化に伴う困難や負担を乗り越え、新たな将来像を築こうとする「挑戦」です。そうでなければ、環境変化に対して的確さを欠き、次代のリーダーも生まれてこないのではないでしょうか。 進行中の急激な人口減少と高齢化に直面して、企業経営は難しくなっています。単にビジネスモデルを変えるだけではなく、商品・サービスの企画開発力が命運を握ります。売上高や粗利益高アップよりも付加価値率の向上を目指す経営が最優先になりましょう。
村井 徹
ー知識社会への理解ー
2002年、政府により“知的財産立国宣言”が決定し、情報社会以前では特許や商標などは工業所有権という言葉で括られ、これに著作権を加えて知的所有権と呼ばれました。しかしこの用語では製品をイメージさせ、ソフトウェアには似合わないために、知的財産権という呼び名に変わりました。また広義の概念としてデザイン、技術やノウハウも知的財産権に加えられた経緯もあります。従って知識社会では知的財産権を侵害することは、モノを盗むのと同じ犯罪という位置づけになりました。
知財の源流を辿れば米国にあります。彼らの祖先は1620年に英国から自由を求めて渡航し、1776年に独立を勝ち取り、1787年に憲法を布告しました。その中に特許や著作権を守ることが明記され、1790年特許法を成立させました。 米国は技術分野で世界の覇権を握ることが真の独立であるとの思いが強く、技術で他国に抜かれることを断じて許さない意気です。私が10年前に聞いたところでは、米国は19・20世紀200年に亘る世界の特許をデータベース化して、諸分野の進捗を国家で管理する体制があります。世界的に見れば、知財は国家間の主題であると共に、国際摩擦、国際紛争の火種になって、知財のあり方が国際競争力を左右する時代です。知財保護の観点から、世界から批判される中国は、技術やコンテンツを重視し知財立国・技術立国を目指していますが、モノ作りの現場意識は未だ低いようです。曽つての工業社会では、モノの生産が中心であり、技術はモノ作りの道具と捉えて、内外から入手した特許料は全体コストの3〜10%でした。しかし今や日本の国内総生産に占める第三次産業・サービスは約70%に達し、ソフトウェア、映画などの製作費に占める初期コストは膨大化しています。著作権による保護を必要とするビジネスを“コンテンツビジネス”と総称し、アニメーション、ゲーム、映画、音楽、文芸や写真などを包含します。日本はハード中心ですが、米国は技術とコンテンツ、そしてビジネスモデルが連携して進展しています。
日本の知的財産権は4つに大別できます。(1)産業財産権としての特許権(発明・アイデア20年間保持)、実用新案権(考案10年間保持)、意匠権(デザイン20年間保持)、商標権(ブランド、マーク10年間、更新可)(2)著作権(3)育成者権 農作物、林産物、など生産栽培される植物の新品種(4)不正競争防止法 著名な未登録商標、商号の紛らわしい使用や不適切な地理的表示の禁止及び後述の営業秘密が含まれます。 日本の知財戦略は、2005年までにインフラ体制の構築として、知財高裁新設、大学の知財部設置などを経て、2006年から産学連携、中小企業と地域振興、模倣品、海賊版拡散防止条例、コンテンツビジネス振興といった動向です。つまり創造性開発としてその産物である知的財産の保護強化、その有効活用を主眼にしています。
私は長年、実務家として法務の立場から、内外の工業所有権、ノウハウや著作権法に携わってきましたので、今後の知財のあり方の課題を4つに括り概説します。 (1)世界レベルの特許制度づくり 特許は世界で最初の発明に与えるという原則があるにも拘らず、その審査を各国がそれぞ れ別個に行っている特許審査主義が現存しています。これは正しく知的貿易の障害です。この考え方は1883年のパリ条約でした。貿易自由化は世界経済の発展をもたらしますが、特許が保護されない国々に特許を輸出できません。しかし科学技術に国境はなく、特許は自由に乗り入れます。EU31カ国はヨーロッパ特許庁(EPO)を組織運営して、2008年5月から国ごとの言語登録を廃止し、英語による特許が可能になりました。近い将来、1つの特許がEU全域で通用す. る制度の創設が期待できます。 (2)知財の海外流出 日本の知財が、中国、韓国や台湾などアジア諸国に流出しています。日本の早期退職者や定年退職者が、企業の技術やノウハウを携えてアジアに出かけて現地指導をしています。その理由には知財が企業の所有物か個人のそれかが曖昧にしているからです。雇用上、退職後の同業他社への就職を一定期間禁じたり、情報漏洩についての不備さがあります。知財の帰属、雇用契約などにどのように対処するかが問われています。 知財は世界貿易機関(WTO)で議論されているものの、先進国と途上国が対立しています。後者の違法な模倣をくいとめるために、ライセンス供与や直接投資による技術移転や技術革新の加速が解決の糸口になります。 (3)秘密の流出防止 広義の知財である営業秘密についてここで取り上げます。日本では2004年不正競争防止法が改正施行されました。これにより営業秘密の外部持ち出しに刑事罰を科す事になりました。特許が特定された明確な権利であるのに比べて、営業秘密は曖昧な権利です。しかも一度公開されると、その価値がなくなります。しかし秘密を企業で保持できれば、特許の有効期間の20年に対して、営業秘密は未来永劫独占できる権利です。ただしその前提に企業側に秘密を守る社内管理があることが条件です。その対象は特許性のあるものも含め、技術情報、データ、顧客リスト、ビジネスプランや各種関連レポートなどを含みます。営業秘密の究極の管理は、労務管理(倫理を含む)に尽きます。営業秘密を物理的に施錠しても、それにアクセスできれば本当に管理されているとは言えません。 (4)必要な新しい人材育成 技術に疎い法律家だけでは難しく、必要な人材とは文系と理系の境をなくし、視野の広い知財プロの養育です。経営や技術にも通じるマルチ人材、先端技術への理解、国際的な交渉能力といった高度な人材です。正に“知財は人なり”です。